夫婦2代にわたる在宅看取りから教わったこと【看取りの報告書・CEさま】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間をどのように過ごされたかを「看取りの報告書」としてまとめています。
担当看護師の記録とともに紹介することで、ご自身の人生の最終段階に考える機会にしていただけたら幸いです。

いつもお世話になっております。ご紹介いただいたCE様についてご報告申し上げます。
ケアマネジャーからのご紹介を受けてまだまだ残暑が続く時期に、訪問診療を開始いたしました。2年ほど前に、CE様のご主人様が亡くなる際、在宅療養・看取りに関わらせていただいていた経緯があり、同訪問看護ステーション様を含め、当時と同じメンバーで支援を開始いたしました。
介入当初は尿閉による腹部膨満感が主な苦痛症状でしたが、膀胱留置カテーテルの挿入により速やかに改善しました。上腹部痛についてはオピオイド(一般的な痛み止めよりも強い鎮痛薬)にて良好にコントロールされましたが、PS3(日中の半分以上をベッドなどで過ごし、身の回りのことができるのも一部に限られる)の状態が続き、食欲や体力の回復は認めませんでした。
ベッド上で過ごされる時間が長くなっていましたが、娘様が生活拠点をご本人の自宅へ移し、介護の中心を担って支援されていました。介護と、ご自身の生活との両立に不安を抱えながらも、CE様の希望を尊重され、「できるだけ自宅で過ごさせてあげたい」と介護保険サービスなどを活用しながら在宅療養を支えておられました。
CE様は、秋に入ったにもかかわらず夏日を記録した暑い日の夜、ご家族に見守られる中、ご自宅で安らかに永眠されました。終末期のせん妄時、娘様から「何をしているの?」と尋ねられた際に、「えんどう豆の料理をしている」と答えられたことが印象的だったとお聞きしました。
娘様は「母は最期まで主婦だった」と話されており、ご家族の温かい支えの中で、患者様らしい時間を最期まで過ごされたものと感じております。
ご紹介いただき誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
在宅医療に関わっていると、その方の人生におけるさいごのタイミングでご縁をいただくことは少なくありません。しかしCE様とは、ご主人の在宅療養と看取りに関わるという過去の経緯がありました。この期間は、約3か月でした。
今回の訪問が始まったとき、ご家族も訪問看護師もケアマネジャーも、当時と同じメンバーが揃っていました。
「お父さんの時はこんな感じやったなあ」
そんな懐かしい会話から始まった在宅療養でした。
しかし、ご主人の時と、CE様の時とで、大きく異なっていたこと。それは娘さんの存在でした。
ご主人が亡くなられた時は、介護の中心にはCE様がいらっしゃいました。
あれから2年、今度はご自身が患者さんとなり、娘さんが介護の中心を担う立場になりました。
娘さんは仕事や自分の生活を調整しながら、お母様の自宅を生活の拠点として介護を続けられました。
できるだけ、住み慣れた自宅で過ごさせてあげたいと思いながらも、「本当に私にできるのだろうか」という不安も抱えておられました。
在宅療養では、患者さん本人だけでなく、ご家族もまた大きな決断を重ねています。
私たちは病気を診るだけではなく、その決断を支えることも大切な役割だと感じています。
CE様は数年前に膵がんと診断され、その後も長く治療を続けてこられました。
病気が進行し、他への転移が見つかり、治療終了の方針となった後も、「できるだけ家で過ごしたい」という思いを持ち続けておられました。
初回訪問時、私たちの顔を見ると「主人の時はお世話になりました。私もとうとう来ました。」と笑顔で話してくださいました。
その時点で全身状態からは予後1か月前後と推測される状況でした。食欲は低下し、体重も減少していました。
それでも、
「娘と回転寿司に行って5皿食べた」
「マグロとサーモンなら食べられる」
と、食べられるものを探しながら日々を過ごされていました。
病気があっても、その人の暮らしは続いていきます。
私たちはその暮らしを支えるために関わっています。
在宅療養の中で娘さんから相談されたことがあります。
「母には内緒なんですが、仕事を始めていて……。でも、辞めた方がいいのでしょうか。」
終末期になると、ご家族は「そばにいなければいけない」と思い詰めてしまうことがあります。しかし介護は短距離走ではなく、長距離走のこともあります。
介護する人が疲れ切ってしまうと、支え続けることができません。
そこで私たちは、訪問看護やヘルパー、介護保険サービスなどを活用しながら、ご家族が無理をしすぎない形を一緒に考えていきました。
結果として娘さんは仕事を続けながら、お母さんの療養を支えることができました。
一方で、誰しも仕事を続けることがよいとも限りません。両立そのものが負担になってしまうケースもあります。また24時間、介護のことを考え続けることでつらくなってしまう方もいますので、生活のオンとオフが切り替わることが救いになる場合もあるのです。
いずれも、在宅医療は家族だけで頑張るものではなく、チームで一緒に支えるものだと考えています。
ご主人と時のご縁は、2年前の約3か月でした。そして、再びCEさまとのご縁をいただき、約1か月をご一緒させていただきました。
ここで、ご主人をお看取りした後も、もし途切れることなくつながり続けることができていたらと、想像してしまうのも本音です。
CE様ががん治療と向き合っていた時間、食欲低下や体重減少に悩んでいた時間、不安を抱えながら過ごしていた時間を、もっと支えることができたのではないか。
CE様らしく暮らせる時間を、もっと増やすことができたのではないか。
そんな思いが今も残っています。
在宅医療とは「最期を支える医療」と思われることが多くあります。しかし本来は、病気と共に生きる時間そのものを支える医療でもあります。
症状の相談ができること。
不安を言葉にできること。
ご家族が一人で抱え込まなくてよいこと。
病院と地域をつなぐこと。
そうした積み重ねが、その人らしい暮らしを支えることにつながります。
CE様との出会いは、私たちに「もっと早い段階から関わることの大切さ」を改めて教えてくださいました。
娘さんが、後日こんな話をしてくださいました。
「何してるの?って聞いたら、『えんどう豆の料理をしている』って答えたんです。母は最後の最後まで主婦だったんだと思いました」と、娘さんは話してくださいました。
長い人生の中で家族のために食事を作り続けてきたCE様。
病気になっても、その人らしさは消えることはありません。
最期の言葉や行動の中に、その人の人生そのものが表れることがあります。
私たち医療者は、病気を診ていることが多いですが、本当に向き合っているのは、その人の人生なのだと思います。
お父さんと、お母さんを看取った娘さんは、「両親とも家で看取れてよかったです」と話してくださいました。
その経験は決して簡単なものではなかったと思いますが、言葉を聞いて、私たちも胸が熱くなりました。
在宅医療のゴールは、自宅で亡くなることではありません。
その人らしく生ききることであり、残される家族が後悔の少ない時間を過ごせることです。
このときの経験は、かわべクリニックが早期からの緩和ケアに力を入れようと思った大きなきっかけの一つになっています。
在宅医療の介入が始まる、少しでも前から、できれば早期から関われるようにと、かわべクリニックでは「これから相談室」を設置しています。
介護のこと、医療のこと、家族や生活のこと、お力になれることがあるはずです。一度話を聞いてほしいと思われたら、ぜひお電話にてご予約ください。
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