「助けたい」と「本人の希望をかなえたい」の間に【看取りの報告書・CG様のこと】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間をどのように過ごされたかを「看取りの報告書」としてまとめています。
担当看護師の記録とともに紹介することで、ご自身の人生の最終段階を考える機会にしていただけたら幸いです。

「助けたい」気持ちと「本人の希望をかなえたい」を気持ち。その二つの間で、最後まで揺れ続けたご家族が今回のテーマです。
いつも大変お世話になっております。ご紹介いただきましたCG様について、ご逝去までの経過をご報告申し上げます。
加齢に伴う嚥下機能の低下から誤嚥性肺炎を繰り返し、著しい体重減少と全身の衰弱がみられていましたが、入院は望んでいませんでした。
初回訪問時にも、「自分の身体が言うことをきかないのが、歯がゆくて腹が立つ」「入院は嫌や」と、ご自身の意思をはっきりと話されました。
これまで入院しても治療途中で帰宅してしまうCG様のことを、奥様もよく理解されており、「本人が希望するなら、家にいてくれてもいいかな」と、その思いを受け止めようとしておられました。
一方、同居されていた息子様は違いました。
「病院は治療するために入るところやのに、わがままは必要ない」「もっと早く治療していたら、こんな状態にはならなかった」「命を捨ててまで、家にいることではない」
息子様の言葉には、父親への怒りのように見えて、実際には何としても助けたいという切実な思いが込められていました。
誤嚥性肺炎を繰り返すリスクについてご説明したほか、入院によって感染症が改善する可能性がある一方、筋力や認知機能のさらなる低下、感染対策の一環で面会が困難になる可能性もお伝えしました。
CG様は食事量が少なくなっていましたが、甘酒を楽しみに目を覚まし、栄養剤を「口に合って美味しい」と話される日もありました。足の痛みを訴えながらも、「足が治ったら、トイレくらいは自分で行きたいな」と話されることもありました。できなくなったことが増えても、CG様の中には、まだ自分でやりたいこと、味わいたいもの、生きる楽しみが残っていました。
年が明けて間もなく病院を受診。検査を待つ間に一時的に意識を失い、入院を勧められましたが、それでもご本人は自宅へ帰ることを選ばれました。その翌日は、CG様のお誕生日で、ご家族が用意したイチゴのケーキを一つ食べ、奥様手作りのイクラの軍艦巻きも召し上がりました。
「久しぶりにケーキを食べた。美味しかったわ」
その日は、ご家族といつも通りの時間を過ごすことができました。
しかし、翌日から状態は急速に変化し、ストローで飲み物を吸うことも、薬も飲めなくなりました。
奥様は介護の負担と不安から、「これやったら入院してもらわないと。何かあったらどうするの」と話されました。ご本人の希望を尊重したい。でも、目の前で弱っていく夫を自宅で見守り続けるのは怖いと、奥様の気持ちもまた、揺れていました。
CG様の状態が老衰に近く、いつ何が起きてもおかしくない段階にあることを説明し、息子様と玄関先で時間をかけて話し合いました。
息子様は、「父に頑張る意思があれば、また元気になると思う」「できるだけ父と母が一緒に過ごせる時間をつくりたい」と話す一方で、「意識がなくなったとしても、助かる可能性があるなら病院で治療してほしい」「難しいのは分かっているけれど、あきらめきれない」と、胸の内を明かしてくださいました。
私たちは、入院しても再び自宅へ帰ることは難しい可能性が高いこと、入院すれば家族との面会が難しくなること、救急搬送しても希望する病院に搬送されるとは限らないことを、ありのままにお伝えしました。
それでも、ご家族が救急搬送を望まれる場合には、その意向を尊重することも確認しましたが、心肺停止の状態で発見した場合には救急車ではなく、私たちへ連絡していただくと約束していただきました。
すっきりと結論が出たわけではありません。息子様がすべてを納得し、父親の死を受け入れられたわけでもありません。それでも、その時に考えられることを一つずつ言葉にし、残された時間をどう過ごすのかを一緒に考えました。
その日の夜、CG様はご自宅で静かに呼吸を止められました。
奥様は、お誕生日のことを振り返りながら話してくださいました。
「あの日に入院していたら、誕生日のケーキも食べられなかった。こんなふうには逝けなかったと思う。この選択で間違っていなかった。苦しまずに逝けてよかった」
息子様も、「こんなに早いとは思いませんでした。でも、本人の希望どおり、最期まで家で好きなものを食べて過ごせてよかったのだと思います。でも、寂しいです」と話されました。
ご紹介いただき、誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
玄関先での話し合いの最後に、息子様は少し照れたようにこう言われました。
「あきらめの悪い男なんです、俺」
この言葉が、今も私たちの心に残っています。
医療者は、身体の状態から「回復は難しい」と判断します。しかし、ご家族にとって、目の前にいる人は患者ではありません。長年一緒に暮らしてきた夫であり、自分を育ててくれた父親であり、仕事や生き方を教えてくれた存在です。親子で同じ仕事に取り組んできた息子様にとっては、父親であると同時に、仕事上でも尊敬する存在でした。
親が老いていくことと、親が亡くなることを受け止めるのは、同じではありません。身体が弱っていることは分かっていても、昨日まで話せていた。先日までは食べられていた。また元気になったこともあった。だから、今回も回復するのではないか。そう願うのは、ごく自然なことです。「もっと早く気づいていれば」「今からでも何とかできないか」。そのような思いが、積極的な治療を望む言葉となって現れることもあります。
私たちが行うACP、人生会議は、ご家族を説得して治療をあきらめてもらうための時間ではありません。迷っている気持ちを、そのまま言葉にしてもらうための時間です。
助けたい。でも、本人の希望もかなえたい。離れたくない。でも、苦しませたくない。そのどれもが、本当の気持ちです。
相反する思いのどちらかを否定するのではなく、一緒に抱えながら、その時々にできる選択を考えることが、私たちの行う意思決定支援です。
入院せずに自宅へ帰ったからこそ得られた家族の時間の象徴が、誕生日ケーキを囲んだひとときでした。ただ「自宅にいてよかった」と言えるのは、すべての結果が出たあとだからでしょうか。そうではない、と私たちは考えます。
家族が必死に考え、最後まで迷い続けたからこそ、「この選択で間違っていなかった」と思える支えになったのだと思います。
親は、いつまでも親です。自分より強く、何でも知っていて、少しくらい体調が悪くても、また元気になる。私たちは、無意識のうちにそう思っています。
親自身も、「子どもに迷惑をかけたくない」「余計な心配をかけたくない」と、体調の悪化や生活の不自由さを伝えないことがあります。そのため、久しぶりに会ったときに「こんな状態になっているとは知らなかった」と感じるご家族も少なくありません。
けれど、病状が大きく変化してから、短い時間の中でその先のすべてを決めるというのは非常に難しいことです。
入院か、自宅で過ごすか。食べられなくなったときに、どこまで治療を望むのか。本人が話せなくなったら、誰がその思いを代わりに伝えるのか。
こうしたことは、最期が近づいてから初めて考えるのではなく、元気なうちから少しずつ話しておく必要があります。
ただ、いきなり「最期はどうしたい」と聞くのは気持ちの面で負担があるはず。
「これからも続けたいことは何?」
「どんな状態になっても、自分で決めたいことはある?」
「入院と家なら、どちらが落ち着く?」
そんな日常の会話からで十分です。
親しい方との別れを経験したとき。病気が見つかったとき。入院や退院のとき。歩くことや食べることが難しくなったとき。人生には、これからを考える節目がいくつもあります。それも一つのALP、Advance Life Planningです。
また、一度決めた答えに縛られる必要がないこともぜひ知っておいてください。人の気持ちは変わります。だからこそ、折々に話し直したほうがよいのです。
完璧な答えを残すことではなく、その人が何を大切にして生きてきたか、家族が知っている状態が大切です。その記憶が、家族だけで選択しなければならない場面でも支えとなってくれます。
具合が悪い方のために救急車を呼び、病院へ搬送するというのは「医療」という面からは分かりやすく、シンプルな対応です。ただ、救急搬送を行ったご家族にとっては、「本人は本当に入院を望んでいたのだろうか」複雑な思いが残ることがあります。
では自宅で見守ればそんな思いをしなくて済むのかといえば、そうではありません。「治療をしていれば、もっと生きられたのではないか」という迷いが残ることがあります。どの選択をしても、迷いや悲しみを完全になくすことはできないのです。
だからこそ私たちは結論だけを急がず、残された時間の中で、ご本人とご家族に誠実に向き合いたいと考えています。
今回、玄関先での話し合いには45分がかかりました。往診の時間としては長かったかもしれません。それでも、その時間は必要だったと私たちは今でも思っています。息子様の「あきらめられない」という思いを聞かず、医学的な正しさだけを説明しても、本当の支援にはならないからです。
ここで大切なことは、何としても自宅で看取ることでも、救急搬送をしないように説得することでもなく、ご本人が望む生き方とご家族が抱える思いの両方に耳を傾け、後悔の少ない選択を一緒に探すこと。そして、ご逝去後に「これでよかったのだろうか」と問うご家族に対して、静かに寄り添い続けることではないかと思うのです。
在宅医療は、ご本人の人生とともに、その人を愛し、見送り、これからも生きていくご家族を支える医療でもあると信じています。
息子様は最後まで、あきらめきることはできなかったと思います。それでも、「本人の希望どおりでよかった」「でも、寂しい」と、ご自身の言葉で話してくださいました。悲しみが消えたわけでも、納得したから寂しくなくなったわけでもないけれど、ご家族が迷いながら選んだことで、これからのご自身たちを支える記憶が残ったのではないかと思います。
このように迷いながらも、大切な人と過ごせる時間を選び、その人らしさを最後まで守ろうとすること。そして残された家族が、悲しみの中でも「あの時間があってよかった」と思えることが、豊かにいききることではないかと改めて感じます。
かわべクリニックでは、在宅医療の介入が始まる少しでも前から、できれば早期から関われるようにと「これから相談室」を設置しています。
介護のこと、医療のこと、家族や生活のこと。お力になれることがあるはずです。一度話を聞いてほしいと思われたら、ぜひお電話にてご予約ください。

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