父の願いをかなえたい、母のことも守りたい【看取りの報告書・CH様のこと】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間をどのように過ごされたかを「看取りの報告書」としてまとめています。担当看護師の記録とともに紹介することで、ご自身の人生の最終段階を考える機会にしていただけたら幸いです。

父を守りたい。母も守りたい。その二つの願いが同じ家族の中でぶつかったとき、どちらを選んでも誰かの思いが置き去りになるように感じられます。今回は、ご家族それぞれが相手を深く思うからこそ迷われた在宅療養のご報告です。
いつもお世話になっております。在宅療養を担当させていただいたCH様について、ご逝去までの経過をご報告いたします。CH様は肺がん終末期と診断され、これ以上の抗がん剤治療は困難との判断から、ご自宅での療養を希望されました。退院直後はステロイドの効果もあって食欲も旺盛で、「やっぱり家のご飯がおいしい」と奥様の手料理を毎日楽しみに過ごしておられました。夫として、父として、ご自身の役割を失うことなく、自宅という一番落ち着く場所で生活を続けておられました。
奥様は、そんなご主人を献身的に支えておられました。食事を作り、入浴を介助し、酸素を管理し、夜中のトイレにも付き添う日々。「これが何年も続くわけではない」。そうご自身に言い聞かせながら、「最期まで家で看てあげたい」という思いだけを支えに、毎日を過ごしておられました。
ただし、病状は少しずつ進行していきます。歩くことが難しくなり、トイレまで一時間近くかかることも。転倒が増え、夜間の介助も必要になると、ご本人も奥様も、疲労が蓄積していきました。
そんな両親の様子を見ていた息子様ご夫婦は、お父様のことだけでなく「このままでは、お母さんが先に倒れてしまう」と心配されるようになります。そんな思いから、病院の緩和ケア病棟に相談したいと、希望されました。
初めて、ご家族の思いが揺れ始めます。ご本人は家にいたい。奥様も、その願いを叶えてあげたい。一方、息子様ご夫婦は、お父様だけでなくお母様を守るためにも、緩和ケア病院という選択が必要ではないかと考えておられました。どちらも、相手を思う気持ちから生まれた選択でした。
私たちは、ご家族皆さんと話し合いを重ね、緩和ケア病院へ入院すれば、症状緩和はより充実し、奥様も少し身体を休めることができると説明しました。しかし当時、感染対策による面会制限があったため、最期の時間を一緒に過ごせないかもしれないという現実もありました。一つひとつをご家族と確かめながら、誰にとって一番良い選択なのかを一緒に考え続けたのです。
ある日、ご家族は「もう一度、自宅で過ごそう」と決断します。その翌日には、「みなさんに甘えさせてもらって、この家で見送ります」と奥様が結論を説明してくださいました。息子様も、「僕たちも協力します。最期まで家で看てあげたい」と、ご自身の言葉で決意を伝えてくださいました。
そして、その翌日の夕方。CH様は、ご家族に見守られながら、ご自宅で静かに旅立たれました。ご逝去後、奥様は涙を流しながら、「病院へ入れようと思ったことを許して」と、ご主人に語りかけるように話されました。しかしその後、「本当はまだ生きたかったと思います。でも、最期まで家で看ることができて良かった」「私には息子がいてくれて本当に良かった」と、穏やかな表情で話してくださいました。
ご紹介いただき、誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
奥様の言葉をお聞きして、私たちは改めて感じました。在宅医療は、患者さんを支えると同時に、その患者さんを支えるご家族をも支える医療です。
この療養を通して、誰を主語に医療を考えるべきなのかを繰り返し考えました。中心にあるのは、ご本人でしょうか。主たる介護者である奥様でしょうか。それとも、ご家族全体でしょうか。
在宅医療では「本人の希望を大切にしましょう」とよく言われます。もちろん、その考えはとても大切です。しかし本人の希望だけを見続けると、介護するご家族が疲れ果ててしまうことがあります。一方で介護者だけを優先すると、ご本人が望んでいた暮らしが失われてしまうこともあり得ます。
さらに離れて暮らす息子様ご夫婦には、「親を助けたい」という思いと、「介護する家族を守りたい」という思いが同時に存在します。誰も間違っていません。まさに「答えは一つではない」ことを強く感じます。
私たち医療者の役割は、在宅と入院のどちらが「正しい」などと決めることではなく、それぞれの思いを丁寧に受け止めながら、その時々で最も後悔の少ない選択を一緒に考え続けることではないでしょうか。
「もう限界なんです」。そう言えない介護者がたくさんいます。「本人の方がもっとつらい」「私が頑張ればいい」。そう思い、疲れを一人で抱え込んでしまいます。けれど、介護する人が倒れてしまえば、ご本人の願いを叶えることもできなくなります。
緩和ケア病院は、在宅療養をあきらめる場所、家で看られなくなった人が行く場所ではありません。症状を整え、介護するご家族が少し眠り、食事をし、身体と心を休めるための場所でもあります。レスパイトという言葉も、介護を休むというよりも、その人らしく支えられる力をもう一度取り戻す時間だと捉えていただきたいのです。
助けを求めることは、決して弱さなどではない。それも、大切な人を守るための愛情の一つです。
私たちは、患者さんだけを診ているわけではありません。奥様の疲れた表情にも気づきたい。息子様が抱える葛藤にも耳を傾けたい。「いつでも呼んでください」と声をかけ続けてくださったお嫁さんの存在にも、感謝したいと思っています。
在宅医療は、患者さん一人ではなく、「家族」という一つのチームを支える医療です。だから私たちは、病気だけを見るのではなく、その家族全体が穏やかに過ごせる方法を一緒に考えます。
今回、ご家族は一度、緩和ケア病院への入院を考えられました。それは在宅医療に失敗したからではなく、ご主人を大切に思うからこそ、お母さんも守りたいと考えた結果でした。その思いを私たちは否定しません。そして最終的に、ご家族はもう一度「家で過ごす」という選択をされ、私たちはその選択を支えました。もし違う結論であったとしても、同じように支えていたと思います。
大切なのは、どこで最期を迎えるかではなく、その選択をご本人とご家族が納得して歩めることです。

ご家族の気持ちが揺れ始めたとき、不思議なことに、その空気を感じ取るかのように旅立たれる患者さんがおられます。まるで「もう、ぼくのことで喧嘩しないで」と語りかけているように感じることがあります。
もちろん、それを医学的に説明することはできません。しかし、ご家族がその旅立ちに意味を見いだし、受け止めることはできます。私たちは、その思いを科学的に否定する必要はなく、ただ大切に見守りたいと思っています。
CH様は、ご自身の人生を全うされ、ご家族に支え合うことの大切さを残してくださいました。そして私たちにも、「誰を主語に医療を考えるのか」という大切な問いかけをしてくださったと感じています。
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