「僕にしかできないこと」を家で終えるために【看取りの報告書・CIさまのこと】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間をどのように過ごされたかを「看取りの報告書」としてまとめています。
担当看護師の記録とともに紹介することで、ご自身の人生の最終段階を考える機会にしていただけたら幸いです。

いつもお世話になっております。ご紹介いただきましたCIさまについてご報告いたします。
CIさまは胃の不快感を自覚していましたが、新型コロナの流行下で受診を控えたため、受診時点ですでに膵臓がんの多発転移が認められました。緊急入院のうえ抗がん剤治療を開始されましたが、強い副作用により歩くことも難しくなるほど体力が低下し、2回目の治療が検討された段階で、ご本人が退院を希望されました。退院時の予後は2〜3週間程度と考えられる状態でした。
ご本人には2つ、気がかりな点がありました。まずはお父様から引き継いだクリニックの閉院について。まだ半分以上の整理が残っており、ご自身にしかできない仕事は、体力があるうちに自分でやり遂げたいと考えておられました。そして、これから身体にどのような変化が起こるのかを心配されてもいました。
在宅療養の開始時は心窩部(みぞおちのこと)に強い痛みがあり、仕事に集中することも難しい状態でしたので、早期に医療用麻薬による疼痛緩和を開始し、ステロイドを併用しました。その後は比較的体調のよい午前中を中心に、残っていた書類の整理などに懸命に取り組まれていました。
その姿を見守る奥様は、ご主人のこれまでについて話してくださいました。
「夫は家庭を顧みない父親に反発する思いで、このクリニックを継承しました。子育てにとても協力的で、家庭に仕事を持ち込まず、真面目で一生懸命な夫でした。だからこそ、最後まで一人でやりきりたいのだと思います」
そして奥様からは「妻として、夫がこれからどうなるのか、どう支えたらいいのでしょうか。教えてください」とのご相談もありました。私たちは「看取りのパンフレット」を用いて、今後予測される身体や意識の変化をその時々の状態に合わせてご説明し、そばで見守ることも大切なケアであることを共有したのです。
CIさまは亡くなる前日まで、息子様に支えられながらトイレへ歩き、食べたいものを少しずつ口にされていました。そして、ご家族に見守られながら穏やかに永眠されました。涙に包まれたその場にお孫さんの「ラムネ食べた〜い」という声が響き、悲しみの中にも思わず笑みがこぼれる、いつものご家族らしい時間が流れたことが印象に残っております。
この度は、ご紹介いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
入院して1か月が経ち、2回目の抗がん剤治療を勧められたとき、CIさまはふと、家のことも、クリニックのことも入院した日のまま止まっていることに気づかれました。まだ整理しなければならないことが、たくさん残っている。そう思ったときに出てきたのが、この言葉でした。
60代はまだまだお若い年齢です。それを考えれば、少しでも治療の可能性を残したいと医師が考えるのは自然なことです。私たちも、治療が奏効して再び日常を取り戻せることを心から願っています。ただ、治療には時間と体力を使います。今回は、退院時点で体力はほとんど残っていませんでした。
もしご自身で「家に帰りたい」と口にしなかったら、どうなっていたでしょうか。医療者もご家族も、ご本人さえも「次の治療」に気持ちが向いたままだったら、何より気にかけていたクリニックのことは、誰にも知られないままだったかもしれません。
治療によって得られる可能性と、治療のために使う時間や体力。医学的にできることと、その人が今やりたいこと。
これらの材料をすべて並べることで、初めてその人に合った医療を一緒に考えられるのだと思います。
大切な家族ががんと診断されたとき、「できるなら治療してほしい」「少しでも長く生きてほしい」と願うのは当然のことです。そのうえで、ご本人にもう一つ聞いてみてほしいのが「今、一番気になっていることは何か」という問いです。
仕事と答える方もいるでしょう。家族に伝えておきたいこと、行っておきたい場所や会いたい人の名前があがることもあります。
CIさまにとっては、クリニックの整理でした。周囲から見れば誰かに任せられる仕事に思えるものだったかもしれません。しかし奥様から聞いた話もあわせると、反発しながらも継いだ父上のクリニックを自身の手で閉じることは、自身の歩んできた人生に区切りをつける意味があったのだと想像できます。
こうした思いを、本人やご家族からぜひ医療者に伝えてください。治療の方針を考えるうえで、検査結果と同じくらい大切な情報になることがあります。

在宅療養が始まって、私たちは心窩部の痛みを和らげることに取り組みました。それはクリニックの整理をやり遂げるための準備でした。大切にしたいことは、同じ家族の中でも少しずつ違います。ご本人はクリニックの整理を優先しながら、奥様はご主人がこれからどう変わっていくのかを知ってそばで支えたいと思っていました。息子様はお父様が最後までご自身でできることの支援を大切にされていました。
私たちは、これら一つひとつに耳を傾けながら、医療を暮らしに合わせていくことを心がけました。抗がん剤治療を続けることと、治療を終えて家に帰ること。どちらが正しいかは簡単には決められません。ただ、どちらを選ぶにしても、ご本人が何を大切にしているのかがわからなければ、その選択を支えることは難しいと思います。
今回はご本人が退院を決心したことで、私たちは巡り合い、この大切な時間に関わることができました。
しかしもっと早い段階で「今、気になっていることは何ですか」と尋ねることができていたらとも考え続けています。
治療を受けながら仕事を整理する時間をつくれた可能性があります。ご家族と相談して、誰かに託せることとご自身でやりたいことを整理する時間が確保できたかもしれません。
もちろん「if」の内容であり、結末は誰にもわかりません。それでも病気が診断された「そのとき」を起点として、治療、生活や役割、これからの希望に目を向ければ、さまざまな選択肢が広がるはずです。
治療の続きを考えるのと同じように、人生の続きを一緒に考えることの大切さを改めて感じています。
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